仏教讃歌を知っていますか?

仏教讃歌(ぶっきょうさんか)とは法要などで僧侶などが唱える「声明(しょうみょう)」といった仏教各宗派に伝わる儀式的な音楽とは別に、明治以降に日本に入ってきた西洋音楽の方法で作られた仏教の歌の事をいいます。
仏教讃歌の他に「讃仏歌(さんぶつか)」「仏教聖歌(ぶっきょうせいか)」「仏教唱歌(ぶっきょうしょうか)」などの呼び方もあるようですが、ここでは「仏教讃歌」という呼び方で紹介させていただきます。

明治維新の混乱のなかから

約260年もの間続いた徳川による江戸幕府が崩壊し、明治新政府主導で国の形から大きく変化した日本では、仏教徒を取り巻く世間もまた激変し神仏分離令などによる仏教排斥や神道国教化への政府の動きなどにより大打撃を受けつつも、仏教を次世代へ伝えていくための様々な新しい運動が仏教徒によって起こりました。

西洋音楽の流入と「讃美歌」

一方開国後の日本では欧米からキリスト教の布教活動が本格化します。
特に「讃美歌」のようなキリスト教の僧侶と信者が共に合唱するという形の音楽は、浄土宗系の仏教宗派にはこれまでに無かったものでした。
また明治政府の新たな国民教育方針で西洋音楽中心の音楽教育が推進され、小学唱歌などに讃美歌のメロディが多く取り入れられ浸透していきます。

「仏教唱歌」のはじまり

その様な世間の流れの中で日本各地の仏教系の学校や寺院などで婦人や青少年向けのお講や日曜学校といった活動が興り、また日本から海外への仏教教化活動も活発になるにつれその教材となる「仏教唱歌」というものが作られるようになり、歌集の発表などにより国内外に仏教唱歌が広まり歌われるようになりました。
初期の仏教唱歌は文学的教養や感性を備えた仏教者による作詞と日本古来の道歌や雅楽のメロディに乗せたものが多く、そのうち西洋で音楽を学んだ音楽家や仏教的素養を持つ文学者らによる作品が各仏教教団に積極的に取り入れられるようになり、さらに合唱団のための合唱曲や幼児向けの仏教童謡、交響曲やオペラなど西洋音楽の方法を取り入れた仏教の音楽「仏教讃歌」が生まれました。

歌い継ぎ、生まれ続ける仏教讃歌

明治から生まれ大正時代に盛んになった仏教讃歌はその後日本の右傾化や思想統一の流れにより自由な活動が制限され、敗戦後に再び以前のような隆盛を残念ながら取り戻すことはできていません。
しかし仏教讃歌は今も多くの仏教徒により大切に歌い継がれておりそれを聞く私たちの心揺さぶる力を持っています。そして今も新しい仏教讃歌は作られ続けているのです。


参考文献

  • 「仏教音楽辞典」天納傳中・岩田宗一・播磨照浩・飛鳥寛栗 編・著
  • 「仏教讃歌」Ⅰ・Ⅱ 東本願寺出版部
  • 「仏教音楽の招待」飛鳥寛栗著 本願寺出版社
  • 「それは仏教唱歌から始まったー戦前仏教洋楽事情ー」飛鳥寛栗著 樹心社